生命力いただきました

東京タワーの近くのLa Luneで忘年会をしました。

衝撃の野菜!
本当に驚いたときって声が出ないもですね。
野菜の個性を味をかみしめながら
「生き物の生命力をもらっているんだ」、
「本当のおいしさだ」と身にしみるように感じました。
いまだにニンジンに心が震えています。

初女さんに会って



「食はいのち」というテーマでお茶の水の湯島聖堂に佐藤初女さんの講演会に行ってきました。

佐藤初女さん…ぜひお会いしてみたかった方でした。

ガイアシンフォニー・初女さん編の上映の後に、舞台に現れた初女さんは、歳を重ねられた姿でしたが、そのたたずまいは、そこにいるだけで人の心の源泉にふれるような何かがありました。

キャベツの炒め物の話から始まった初女さんの講演は、一切むずかしい言葉を使うことなく、いのちと食べることについて淡々と話す初女さんの言葉に私は何度も「はっ」とさせられるのです。

食べ物には多少気を使ってきたと思っていたけど、
他の生き物の命をいただくことで、体はその命は自分の中からわき出てくる生ようとするエネルギー、働こうとするエネルギーに変えていくんだということを体で感じました。

「野菜は命の移し替えの時期が透明の時、それがおいしい時、生きる力が生じるとき」

「間違った食事は、おなかは満たされているけど、心が満たされてない」

「正しい食事は体が強くなる、心が満たされる…そうるすと自然によく生きる、働く気持ちがわいてくる」

初女さんの心から届いた言葉は私の心に響きつづけています。

報告:ココロとカラダのバランス・エクササイズ

12月5日と12日に台場区民センターで開催しました
「ココロとカラダのバランス・エクササイズ」の報告です。

第一回目はカラダ編、ストレスマネージメントの講義で、ストレスが身体に与える影響について理解していただき、それから心と体の緊張を緩ませるエクササイズを行いました。
参加者のみなさんは、筋肉の緊張をしっかりと体感できるエクササイズを行っていただいたので、体がじわーんと緩む感じ、温かくなった、深い息ができた、と緩みの変化を実感していた様子でした。
第二回目はココロ編、ストレスマネージメント(心)の講義、呼吸のエクササイズ、瞑想を行いました。
呼吸に意識を向けるエクササイズはほとんどの方が初めてだったようでしたが、鼻先の呼吸の流れに集中していてこちらもびっくりするほどでした。
瞑想では結果にとらわれずに我ながらよくやったなと思える経験について調べていただき、
2~3人に分かれて自分の体験をシェアしていただきました。
みなさん積極的にお話されていて話し終えた後にはすっきりとした表情をされていたのが印象的でした。

今回は全員が女性ということで、日常でストレスを感じつつも何とか対処していきたいという前向きな気持ちが皆様に感じられ、私にとっても手ごたえのある楽しいワークショップとなりました。

次回はぜひ男性にもどんどん参加していただきたいですね。




sweet baby

今年の4月にロンドンで生れたNinaちゃんです。
2人はママのお母さんが付き添って帰りました。
子育ての大変さやママの気持ちが分かるからこそ、
助けてあげたいと思う母の気持ち・・・
お母さんから次のお母さんへと続いていくのでしょうね。

もうすぐ2年

ヨーガの友人が手術を受てお見舞いに行ってきました。

彼女が検査をした時から入院まで数ヶ月間を見守ってきました。

その間2年前に入院したときのことを何度か振り返りました。


婦人科で検査を受けることに対して強い恐怖心があって、

決断できない自分に神様が決断をせざるを得ない

状況を与えてくれたのかなとも思います。

こんなに否定的に心を働かせていれば腫瘍もできるはずですね。

でも手術に挑む覚悟ができたのはヨーガを信じていたから。

そのときのノートを読み返すと自分の心情が今でもありありと伝わってきます。

このノートは私の宝です。


体の回復のスピードと頭の働きのスピードの違いも経験しました。

外のスピードにとらわれると焦って、身体の声を無視してしまって、

そんなときは何度もイライラしました。

人の本来のスピードってゆったりとしているものなんだろうな。

本当に必要なことってそんなに多くはなくって、

必要な時になったら来るのもなんだ。

そんなことも気づかされました。


いま、元気に働けることがありがたいなって思います。

この経験を生かして働くことがお礼ですね。


もうすぐ2年がたちます。本当に感謝。

心のクリーニングをしようと思います。


よかったねネッドくん

私が通った幼稚園には「ほんのへや」がありました。
沢山の絵本の思い出の中で唯一題名を思い出せなかった本が
この「よかったねネッドくん」
大人になって偶然に本屋で見つけたときは本当におどろきました。

ある日、ニューヨークに住むネッドくんにパーティーへの招待状が届いた。よかったね。でも、たいへん、パーティー会場は遠いフロリダ。……よかった、友だちが飛行機を貸してくれた。でも、たいへん! 飛行機は途中で爆発。……よかった、飛行機にはパラシュートがついていた。でも、たいへん! パラシュートには穴が開いていた。……よかった、下には柔らかい干草の山。でも、たいへん! 干草の山にはとがった草かきが……。

カラーページの「よかった!」と、モノクロページの「でも、たいへん!」が交互にやってきて、「運のいい」場面と「運のわるい」場面が劇的に展開されます。
スリルがあって子供心にドキドキした記憶があります。

こういうのを七転び八起きというんでしょうか。

運のいいときも、悪いときもネッドくんはパーティ会場に行くアクションを

し続けているんですよね。 見習いたいです。

つつがなく普通

自分に起きた出来事の結果を「良い」or「悪い」の2極で判断しない。
今の自分ができることを(与えられたこと)に専念すること。
とカルマ・ヨーガを学びました。

とはいえ、心の癖は簡単には直らないもの。
日常生活では心はすぐに「成功」・「失敗」で判断して、
気持ちもアップ・ダウンを繰り返します。
(でも以前に比べれば、そうなりそうな自分に気づけるようになりました。)

この考え方を簡単に変えてくれそうな本を見つけました。
「偶然のチカラ」植島啓司(集英社)
この中の一部を抜粋します。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
もし飛行機が空港に着く時に事故にあったら、われわれはそれを「不運」と呼び、(中略)
では、飛行機が無事に着いたとして、われわれはそれを「幸運」と思うだろうか。
たしかにホッとすることはあっても、きっと幸運とまでは思うまい。
つまり、ひとつの行為の結果がプラスで「当たり前」、マイナスで「不運」というのはいかにも
不公平ではないかということにある。

われわれは人生の座標軸を ①幸運 ②普通(つつがなく) ③不運

という3極で考えるべきではないのだろうか?
すると、その比率は5%, 90%, 5%くらいになるはずだ。
ところが普通(つつがなく)の90%は通常見えにくくなっている。
普通(つつがなく)は本来感謝すべきことなのに、だれもがそれを忘れてしまっている。
それに気がつくのは、病気をしたり、監獄に入れられたり、死が近づいているのを実感したときだけ。
われわれはいつも「不運」だけをクローズアップしてしまうのだ。「なぜ、自分はこんなに不運なのだろうか」と。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

普通に暮せることって幸せ。


面倒くさいと思う原因

先日、突然インターネットが使えなくなりました。
原因を調べていたら無線LANが使えなくなったらしい、
となるとプロバイダーに電話する必要があるのか・・・と
思った途端に「めんどうくさい、やりたくない!」と
いう気持ちがムクムクとわいてきて、
まる1日嫌々した気持ちのままに過ごしました。

「そういえば前にも同じようなことがあったな、
何でこんなに抵抗する気分になるんだろう。」
と感情を横において自分自身を見つめてみました。

見えてきたのは、
「パソコンを直すことは大変だ」、「電話がつながらなくて待たされる」
「自分でやるのは大変だから誰かにやって欲しい」
と受け止めている自分の思考でした。

「直すのは面倒だ、でもやるしかないし、やれば直る」
そう思って行動したら3日で解決しました。

日々の生活の中で無意識に行っている
マインドの働きに気づくとき、目の前のフィルターが
一枚取れたような明るい気持ちになります。

蓮華~padma

日曜の朝に友人から蓮の花の写真が届きました。

夏の朝に咲く蓮の花、息を飲むほどに、美しい。

いま、ここに生きている蓮花の
清らな存在感、
生命の美しさに

しばらく言葉がでない。

何より写真を撮った友人の心が蓮を通して伝わってくる。

生きている、ただそれだけで素晴らしい。

何よりもその感動を伝えてくれた
友人のハートから流れてくる
あたたかな思いやりに胸が熱くなりました。

ありがとう。

私たちの心に蓮華が永遠に花開きますように

om mani padme hum


Total solar eclipse

10年ほど前イギリスにいた時期に20世紀の最後の皆既日食がありました。
英語で皆既日食のことを total solar eclipse と言いますが、
あの時も観察用のメガネが売れたり、
eclipse hunter達が南西部への日食ツアーや日食パーティーに殺到して
大混雑したとか、そんなニュースがありました。
お天気が気になるところですが、
また神秘的な体験が味わえるのが楽しみ。

生きものの音 from Daliaレーベル

Daliaはアジア、アフリカect...作る人のぬくもりが伝わる世界の手仕事が集まる雑貨屋さんです。
背景を聞きたくなる味わい深い品々に囲まれていると心が落ち着いてきます。
Daliaの顔のIさんは世界各地を自分の足で回って、
作り手との信頼関係を大切にしている場と物と人を
つなぐ才能のあるステキな人です。
Padmaで扱っているナチュラルハーブをお店に置きたいと
声をかけてきて下さったのが
きっかけでDaliaさんを知りました
Daliaレーベルから昨年「生きものの音」というCDが出ました。
ラオスの手仕事、インディアンフルート、インディアンドラム、ピアノetc...
オーガニックな音のコラボレーションが木漏れ日や、木々のざわめき、
鳥のさえずりがつむぎだす自然の営みの音となって
静けさや安らいだ気持ちにさせてくれます。
同時になつかしい心の記憶につながっていくのを感じます。
http://www.dalia58.com/d_shop/evoke/evoke.html
ここから視聴もできます。
ぜひ聞いてみてください。

あなたの中の最良のものを

少し前に人間関係で気になることがありました。
一度でも人の言動が気になると、頭では気にするなと思っていても
“嫌”という感情が日に何度も湧き上がってきます。
その時に「逆説の十か条」という詩を読んだら、

相手の言動に気をとらわれているのは自分自身ということに
気づいて心がスッと落ち着きました。


この詩は1960年代にハーバード大学の学生だったケント・M・キースが創ったそうです。
マザーテレサの孤児院の壁にも刻まれていたことで、
マザーテレサの言葉として世界中に広まっている詩です。

あなたの中の最良のものを

人は不合理、非論理、利己的です 気にすることなく、人を愛しなさい

あなたが善を行うと、 利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう 気にすることなく、善を行いなさい

目的を達しようとするとき、 邪魔立てする人に出会うでしょう 気にすることなく、やり遂げなさい

善い行いをしても、 おそらく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなく、し続けなさい

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう 気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう 気にすることなく、作り続けなさい

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう 気にすることなく、助け続けなさい

あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい

たとえそれが十分でなくても 気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい

最後に振り返ると、あなたにもわかるはず あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。
マザー・テレサ

私は手帳に貼っていつでも見られるようにしてます。

月の暦


今日は満月。

新月と満月を自分を振り返る機会にしたりしています。

1ヵ月の中に一週間とは違うメリハリができて、

その周期がほどよいペースに感じています。

お日様の匂い

今日は夏の初めのような日でした。
こんな日は洗濯がしたくなります。

朝からシーツ、タオルetc どんどん洗いました。
洗って(洗ってくれるのは洗濯機ですが)、干す行為に
気分もすっきりと洗われるような気持ちになるのが
精神的にもいいです。

楽しみは洗濯物を取り込んだときにお日様の匂いをくんくんと嗅ぐこと。
子供時代の幸せな記憶と結びついているのでしょうか、
私にとってリラックスする匂いです。
自分がリラックスできるものを知っていると精神的に助けになりますね。
それを思い出すだけでもかなりリラックスできます。
さてお日様の匂いの中でどんな夢をみるのか楽しみ楽しみ。

阿修羅

先日 阿修羅展を見てきました。
当初の目的はルーヴル展を観るはずだったのですが80分待ちで断念し、阿修羅展へと行ったのですがそれでも30分待ち、すごい人気です。
通常は奈良の興福寺で正面しか見ることのできない阿修羅像ですが、ここでは左右と背後からも鑑賞ができました。
仏教的には腕の位置、形にひとつひとつ意味があるかと思いますが、それは横において鑑賞しました。
見る角度によって表情も全体の印象もまったく違います。厳しいお顔、凛とした顔、etc..
そして腕もお顔の表情にあわせるかのように、優雅さ、強さ、信仰の力を表わしているかのようでした。
当時の人の祈りや仏教を尊ぶ気持ちとはどんなものだったのでしょうか?
そんなことにも思いを馳せました。
会場はかなり混んでいますので、周りの人に気を取られないだけの余裕があるときに行くのがオススメです。

ヨーガ+マーク・ロスコ


ヨーガつながりの友人がマーク・ロスコ展に合わせてヨーガのワークショップを行いました。
川村記念美術館の広大な緑の中でヨーガをして、
ロスコの壁画を鑑賞して、ランチをしながらTipiするWS、

自然の中でヨーガをするのはそれだけで開放的になるのですが、
自然に自分を身を委ねることで「今ここにいる自分」をうれしいと思う気持ちが
内側からフツフツと湧き上がり、中と外が調和したのを実感。

この状態で向き合うロスコに私はどんな受け止め方をするのでしょう?
最初の受け止めは4つの壁面に対して異なった感情を喚起させるものでしたが、
徐々に全体、Holeとして表れてきたのは「遠くてなつかしい」遠い遠い昔の記憶。
言葉になる以前の混沌として豊かなものを含んだ存在が自分の内側にあること
に気づいたことは、調和のとれたココロの状態だからこそ感じ取れたものでしょうか。

その他にも意外なところでロスコとの偶然があり、
大きな流れの中の自分を感じるときに
必要なときに必要な人や出会いがありますね・・・

http://kawamura-museum.dic.co.jp/collection/mark_rothko.html

マイトリー

マイトリーとはサンスクリットで慈しみの心、友情、励ましという意味